2013年02月15日

知花敏彦氏 インタビューより

Q.テロ事件などの世界情勢諸問題についてどう思われますか?

A.テロの巻き添えになり、犠牲となった人達がたくさんいますが、偶然に偶発的にそれは起こるものではないのです。偶然に犠牲になる人はいないのです。
また、一応そこまでは行ったけれど忘れ物をしたとか、事件に遭遇せず免れた人達もいる。
そういった事を含めて、みな偶然として片付けますが、それは決して偶然ではなく必然的に起こることです。
テロといった、そういう現象というのは「現れている像」であり、目に見える結果です。
神理というのは、その現象を顕している目には見えない本質であり、原因です。

本質の世界からテロを見れば、あくまでも現象化されたドラマとしかいいようがないのです。



全て必然――

例えば、あなたは今の仕事をしているから、学んでいるのであって、そうでなければ学んでいないでしょう。そういうことを考えると、自由意思で選んだかもしれないけれども、選択は間違っていたかということ。物を取るか、真理を取るか、それを選んだのは本人だから。

Q.逃げようとする心がある時は、やはり苦しいですね。

A.「たとえ十字架であろうと、逃げてはならない」と書いてあるのは、その意味なのです。どういう試練からも逃げてはならない。勝ったわけではないから、またいつか別の方法で襲い掛かってくる。全て必然であって、偶然なるものはない。偶然があるならば、法則がないということですよ、
今日ここで集って話すのも、聴いてるのも、学ぶのも偶然ではないですよ。



そうです、赦しでもあるしね、他人はいないということ。自/他がないのだから、「人」になしていることは全部自分になしていること。人を良くするということは、己を良くすること。人を憎むことは、己を憎むこと。自分を憎みたくなかったら、人を憎まないことです。人を憎むものは、必ず憎まれます。人の悪口を言うものは、必ず悪口を言われます。

奥様:自分だったらと考えると、人を非難したり悪口を言うことができなくなってしまいます。

Q.『この世はドラマ』とおっしゃるように、いろいろな教訓がありますね。

A.全部学校ですよ。この人は学んでいるのか、私はよく見ているんですよ。今やっていることを見れば、その人の未来がわかりますよ。日にちが過ぎるのが早いのと一緒で、今は早いこと。ドラマが次から次へ、走馬灯のごとく出てくるから。ずっと同じところに止まっている映画はないので、今は、早送りしているようなものではないの。一年と言うのはそれほど早いよね。・・・
posted by 花 at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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