2012年03月21日

生命に死はない。無限のエネルギーが自分である

生命とは何か 肉体とは何か ・・・より

あなた方は、「死にはしないか」、「死にはしないか」と怯えてますけど、

「死」は存在しません

生きてるのは肉じゃないですから、肉という物体は生きてるんじゃなくて、

生かされてるんだと。生きてるのと、生かされてるのと、全く違うんです。


だから、肉という物質は生命の住処なんです。


「生ける生命の宮なり、生ける神の宮なり、と」


だから、生命の自覚とは、エネルギーの自覚となるんです。

そのエネルギーを認めたとき、あなたはエネルギー人間となる。

略〜

じゃそのエネルギーは、死ぬってあるんだろうか?

例えばです。この肉体が、5階建てのビルから飛び降り自殺をしたとき、

肉という物質は破壊できても、その生命というエネルギーは破壊できない。


飛び降り自殺をしても、その生命というエネルギーは生き通しなんで
す。

だから、「あれ?」..死ぬと思って、飛び降り自殺をしたら、、

本当の生命の自分は死んでないもんですから、、、

それは脱ぎ捨てた衣装にしか過ぎないわけです。

肉体という衣装は血だらけになって、死んでるけれども、

そこから抜けたエネルギーは生きているわけですよ。「生きている」

もともと肉体は生きてないんです。

じゃ皆さん、人間が生きているんですか、生命のみが生きているんですか?

この生命のことを、皆さんは、またはなんと言うかというと、

「神」と呼んでます


posted by 花 at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 生命に死はない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生命不滅の法則、エネルギー不滅の法則

生命とは何か 肉体とは何か・・・より

肉というのは、生ける生命の宮、エネルギーの宮なんですよ。

これは、知花が臨死体験をして、知ったことなんですね。

去年の(2006年)、12月12日に...ある日突然、息が切れた。ね

息が切れかかっている時に、病院に連れて行かれて、人工呼吸の機械に

取り付けられた。

そうした時、その生命というエネルギーは病院のベッドにつながれて

いたんだろうかと?―とんでもない!

「生命の我がですね、肉という我を見ているわけです。

で、見舞いに来ている人は、もう心配そうに..医者からはあと数時間で

死ぬと言われてますので、特に家族の者はみんな心配して見ているわけ

ですよ。人工呼吸に繋がってるわけですから。

それを見ているもう一人の自分が居るんですよ。もう一人の自分って

何だったんでしょうか?

死なない 「生命」 の自分。...

生命不滅の法則・エネルギー不滅の法則。

生命っていうものは、永遠に死ぬことはないんですよ。

永遠に生き通しなんです。

肉的死によって、生命というエネルギーが死ぬっていうことは

ないんです。ということは、「死」は存在しない。ってことなんです。

実在しないという意味なんです。


*皆さんが使っているエネルギーと、電気的エネルギーと
一つなんですよ。同じエネルギーなんですよ。
宇宙には一つのエネルギーしかない。
ということは、皆さんを生かす・命と、電気的・命と生命とは
同じものなんですね。
それが、フリーエネルギーですから。


posted by 花 at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 生命に死はない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月08日

黄泉がえり

*知花氏が肉体離脱をし(2000年時)、その後復活した時の体験談です。
記憶なのでおおまかです。

「わたしは、病院のベッドで上から見ていました。いろいろなお医者さんが、

あちこちの部屋でコンコンと肉体の修理をしているのです。

(壁とか部屋とか関係なく自由に行き来できるので)

あっちでは臓器を取り換え、こっちではパイプを取り換え・・・といったように、

ここは自動車の修理工場のようなところだなと思いました。

(知花師は病気になったことがないので、病院が初めてだったようです。)

そこで、自分の部屋にもどってみると、家族がみんな集まって、

わたしのベッドにつながれている体を見て、心配そうにしているのです。 ―略―

そこで、わたしは本来の寿命は60歳なのですが、(2000年時点で60歳)

ひかりの世界と言って、どんどん意識を上げていくと、もうこれ以上いくと

戻ってこれないという地点があるんですね。そこにいきまして、ものすごい

光の世界なんです。そこを超えると、その線を超えるともう帰れない地点。

そこで、「どうする、知花? もうこれ以上いくと、もう肉体にはもどれない。」と

言われました。私としてはもう、その光の世界に帰りたいのです。

しかし、その時、みなさんの顔が突然出てきて「先生、行っちゃだめー、とか

帰ってきてー」と皆さんの顔が出てくるんですね。

そこで、意識をそちらに向けた途端、またこの肉体に戻ってきました。

本来は、私としては、肉体を脱ぐということは非常に大切な、必要なことなのですが、


まだ、みなさんが、理解力が足りませんから、

「あちらの世界、上から呼びかけても誰もわかりませんから」、

もう少し、寿命を延期して伸ばすことにしたんです。

この地上で法を説くためには、肉体という媒体が必要です。

体をとおして、声を出さないと、上から呼びかけても誰も、分かりませんから。

声が聞こえませんから。

みなさんがもう少し理解力が高まり、意識の世界がわかるようになるまでは、

延期することにしたんですね。」〜略〜

*その後、2007年までは講話をされて、2009年までは肉体を維持されました。


死はないのですから、「生命は永遠です。死んだようにみえるのは、肉体で、肉体か

ら意識=生命が抜ければ、すなわち死と言っているだけなのです。」

「あなた方は、自分を、肉体だ人間だと思っているから、死んだーと言ってますが、

生命の世界からみれば、永遠しかありませんから、死はないのです。」

とはっきり言われました。


*本当の奇跡は、復活とか、物質化ではなく、永遠の生命があるということを

知ること・理解することではないでしょうか?

それが、先人の教え(愛)に報いること、恩返しになると思われます。

posted by 花 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 生命に死はない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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